在家禅(居士禅)とは

 

居士禅

 

在家禅とは、出家して僧籍に身を置くのでなく、在家の者のことをいいます。 在家ですから、実社会にあってはそれぞれの職業を持っています。もちろん学生や、主婦の方も含まれます。
出家者である専門の雲水修行者が、 僧堂において雲水の立場から修行を行なっているのに比べ、 在家禅では、在家の人達が主体であるために、 正式に僧籍を持つ者以上に社会に密着した姿で修行を行なうことになります。
 在家 禅では、 実社会の中にあってなおかつ純粋に自己確立を目指すことが求められ、 それによって自分に安心を与えるとともに、 修行によって悟り得た徳力を各自の領域、職域において自然に発露していくことで社会に貢献することが目標とされます。(居士禅とも言います)

 

「人間禅ホームページ」より転載

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現代における在家禅について

 

 

もみじは日に日に緑濃く、杏の実が大きく膨らんで来ました。千葉県市川市にある本部道場の両忘塔(両忘老師に因む)も緑陰の中にあります。すがすがしい初夏の一日、隠寮の縁側で「在家禅」について考えてみました。

 

 

 

一般社会人が主体となる人間形成の禅の始まりは、明治になってからです。人間禅のルーツも明治8年に始まった両忘会を起源としています。この年、奥宮慥斎、山岡鉄舟、中江兆民等で、円覚寺の管長になられる蒼竜窟今北洪川禅師を拝請して、正脈の師家に参禅できる在家禅の会(両忘会)が東京日暮里でスタートしています。

 

 

 

この両忘会の流れは、蒼竜窟今北洪川禅師の法嗣の楞迦窟釈宗演老師へ、またその法嗣の両忘庵釈宗活老師へと継承され、昭和の初期に到って両忘庵老師の英断により、脱俗出家をしない在家者の耕雲庵英山老師に伝法されました。在家のままの禅の師家が初めて誕生したのです。禅の歴史でも希有な在家の師家が在家の修行者を指導する形が確立し、人間形成の禅に新しい時代が到来しました。

 

 

 

在家者の師家に関して、人間禅の外の人達がどういう目で見ているのか、一般に公開されているインターネットのブログをご紹介します。紙数の関係で短縮したり、若干読みやすく字句の補足をしております。早稲田大学内の木曜静坐会のブログですが、円覚寺傘下の座禅会「済蔭団」に所属している学生の文章だと思われます。

 

 

 

「以前は居士禅というものを掲げる人間禅に、何となく不信感を抱いて いました。なぜそこまで居士禅にこだわるのか。なぜ居士の師家でなければいけないのか。腑に落ちかねていたのです。

 

最近思うところがあり、人間禅がなぜ居士禅を目指しているのか、なんとなく分かってきました。なぜ居士の師家が良いのか、少なくとも居士の師家であることに意味があるとされるのか。それは、その師家自身が社会人として職業を持ち、家庭を持ち、その中で仕事や家庭と坐禅を両立して修行を続けてこられ、そして師家となった現在もそれら俗世の生活と師家としての立場を両立しておられるからです。つまり、師家の生き方がそのまま居士としての自分の生き方の目標になるわけです。

 

僧堂の師家であればこうはいきません。出家して僧堂に入り、僧堂で雲水としての修行をし、僧堂の修行が終わった後も和尚として寺に住んで修行を続けます。僧堂の師家にとっては修行や布教がそのまま即ち職業なのであり、坐禅の修行がそのまま職業なのです。

 

どんなに師家が素晴らしい人物であっても、自分が僧籍ではない居士で ある以上、その僧侶の師家の生き方をそのまま自分の目標にするわけにはいきません。本当にこの人に倣おうと思ったら同じように出家しなければならなくなります。そういう意味では、「居士としていかに生くべきか」という問いは、居士として修行を終えられた方にこそ問うのがもっともふさわしいのかも知れません。人間禅が、居士にこだわり、居士の師家でなければならないとする趣旨に対する疑問がだんだんと氷解して来たのです。

 

 

 

 話が少しそれますが、ここで「居士禅」と「出家禅」という言葉を整理しましょう。人間禅も円覚寺法系を継承しており、人間禅創立以来66年間にわたり居士禅という言葉を使って来ましたが、調べてみますと、居士禅という言葉を使っているのは円覚寺法系のみであり、日本全体では在家禅が主流であることを知りました。更に居士は士(さむらい)の字で表されるように、男性を指す言葉であり、居士禅というと厳密には女性はオフリミットの意味合いになります。人間禅は、創立以来男女の差別はまったくありません。今後は一般にも博く使われている「在家禅」という言葉を居士禅に替えて使う方が良いのではと考え、以下「在家禅」でお話しを進めます。

 

 

 

 伝統的な禅宗の寺院での最も大切な課題は、過去も現在も変わらず正脈の禅の伝承を断絶してはならないというところにあります。明治8年創立の両忘会をルーツにする人間禅が、『名前』も『立教の主旨』も改めて創立されたのは、第二次世界大戦直後の昭和2310月です。

 

人間禅の前身である両忘禅協会の『立教の主旨』と人間禅の『立教の主旨』とを比べますと、伝法に関して大きな変革があることに気がつきます。

 

前者は、最重要課題として第一に掲げているものは、禅宗の寺院と同じ伝法ですが、後者は、伝法については第二項に下げられ、第一項すなわち立教の最大の目的は、世界楽土の建設(正しく・楽しく・仲の良い社会づくり)になっています。この地球上に恒久平和をもたらし、全ての人類が「正しく・楽しく・仲良く」暮らせる社会を作るには、極めて崇高な目標であり何世紀も掛けて取り組まねばならない息の長い大事業です。そのために、正脈の伝法を永遠に進展しなければならないとして、伝法については第二項に記載したのです。

 

 

 

 在家禅の両忘禅協会はもちろん、伝統的な禅寺院は伝法に関して云えば、「伝法の為の伝法」であり、人間禅は「布教のための伝法」であることが、両方の『立教の主旨』の違いから読み取れます。これは、従来の伝法の為の伝法が布教のための伝法に180度変わったということであり、禅宗の歴史の中では画期的なことと考えます。

 

そして「伝法の為の伝法」が「布教のための伝法」になった意味合いは非常に大きく、この変革がなされたのは、やはり在家禅で、しかも最高指導者(師家)も在家者にして初めてなし得たものです。

 

 

 

明治維新で活躍した西郷隆盛、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟、中江兆民等は、在家禅者です。当時は在家禅者での嗣法者は未だ誕生していない時代ですから、僧堂の嗣法者である禅僧に師事して人間形成を積み、世のため人のために活躍したのです。

 

実業界においては、住友グループの経営者が在家禅の修行をしております。

 

明治の初めの第二代総理事伊庭貞剛、三代鈴木馬左也(今北洪川禅師に師事)、四代鷲尾勘解治は禅僧に参じて修行し、実業界において労務管理や経営に多大の功績を残しています。さらに時代を遡って見ますと、鎌倉時代は北条時宗をはじめ、武将が禅師に参じ、また自分の子弟の家庭教師として禅僧を付けていたように、エリートの人間教育として臨済禅はその人格形成・人間形成の面で効果を発揮してきています。

 

 

 

また、在家禅の修行は最初は男性のみでしたが、楞迦窟釈宗演老師、両忘庵釈宗活老師の時代には、男性と同じ参禅弁道をする女性の在家禅者が現れております。大正から昭和に掛けての平塚らいてふ(青鞜社を興し、女性運動を先駆けた)も『元始女性は太陽であった』に見られるように、日暮里谷中の擇木道場において両忘庵釈宗活老師に参禅し見性して歴史的な足跡を残されました。

 

 

 

しかし平成の今日の日本において、禅に求められている時代の要請は、今までの時代と大きく変わってきていると考えます。すなわちエリートの人間教育にとどまらず、市井の一般大衆を正面に見据え、人格形成・人間形成の為の座禅の実践を通じて、社会の底辺からの世直しが時代の要請ではないかと考えます。

 

戦後は、経済的価値観の尺度と偏差値尺度の偏重により、日本社会全体において、人格形成・人間形成への指向が極度に貧弱になって60年が過ぎてしまいました。特にバブル崩壊後の平成においては、若者が明治時代のような立身出世の展望を描けず、少子高齢化が進む日本に明るい展望を持ち得ない状況です。日本は世界で最も自殺率が高く、最近では二十代の自死者が急増しています。

 

 

 

 耕雲庵立田英山老師は、幼なじみと大学1年の時結婚し、2男2女の子宝に恵まれましたが、戦中の疎開先の清里の山で、二十歳を過ぎた在家禅者(自分の弟子)の長男を事故で亡くされ、その悲しみを俳句に刻まれています。まさに喜怒哀懼愛悪欲のまっただ中に身を置いて、臨済宗の法の淵源を極め、嗣法し、新しい時代の人間味あふれる在家禅としての人間禅を創始されました。この在家禅こそが、旧来の僧堂禅ではなく、本当の大乗仏教の布教救済を荷担する新しい時代の宗教ではないかと考えます。

 

 

 

あらゆる職業に従事している老若男女が、仕事や社会での生活と並行して、社会のエリートのみならず、社会の一般大衆の喜怒哀懼愛悪欲という俗から逃げることなく、それを真正面から正受し空じてゆく転迷開悟の禅こそが本当の人間形成であるとする在家禅を、平成の今日にもう一度醸成し直し、それを社会の隅々にまで行き渡らせるとともに、今や日本だけがという時代ではありません。グローバルに正しく楽しく仲の良い地球づくりを目指さなければならない時代です。

 

7年後の東京オリンピックにおいて、東洋の叡智である禅を明日の地球の叡智として発信する、しかもその任務者はキリスト教の聖職者と同じ立場の出家僧ではなく、在家禅者であることは非常に意義深いことであると考えます。

 

 

 

正脈を伝承している禅を僧堂の中に閉じ込めず、一般社会人を対象にした在家禅が主導して、この混迷する日本の世直しを、人格形成の面から進めて行く。これがこれからの日本の、そして世界の世直しの唯一の方程式であると考えます。

 

 

 

日本の在家禅に関わる人達が、お互いの立場を認め合いながら協力し、また伝統的な僧堂の力をお借りしながら、在家禅の風土を、先ずは日本の津々浦々に弘めて行き、正しく・楽しく・仲の良い社会を作る流れを大きくして行かなければならないと考えます。

 

 

『禅』45号巻頭言寄稿   人間禅総裁 丸川春潭

 

以下は、同じ文章を人間禅発行の『禅』誌45号の巻頭言をPDFでの紹介です。

 

http://www.ningenzen.org/zen45/01.pdf

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